1980年代、同社は温泉旅館設計を中心に事業を拡大し、特にホテル百万石の成功により全国的な知名度を獲得した。昭和天皇の宿泊を契機に評価が高まり、全国から設計依頼が相次ぎ、社員は多忙を極めた。
また、石川県立歴史博物館の改修では、赤レンガ倉庫を保存しながら補強・再活用することで高い評価を受け、重要文化財指定や建築学会賞受賞につながった。
1986年に創業者・五井が逝去し、一つの時代が終わる。一方で1991年のバブル崩壊により旅館案件が激減し、経営は一転して厳しくなった。
その後、2000年代初頭に公共施設の受注に成功したことで業績は回復。津幡町文化会館や中学校などの設計を社員総出で取り組み、会社存続の転機となった。
同社は全国の温泉地の有名旅館(花紫、銀水荘、中の坊瑞苑など)も手がけ、和の伝統とモダンを融合させた設計で実績を重ねた。ホテル百万石は再建・増築を経て日本有数の大規模旅館へと成長し、同社の発展を象徴する存在となった。

ホテル百万石

歴史的建造物として価値を損なうことがないよう、改修には慎重を期した
