HISTORY

五井イズムが紡いだ70年

1964-1973|日本海側で最高層のビルを設計

【発展と挑戦の時代】

1964年、協同組合金沢問屋センター・流通会館が完成し、その縁で問屋町に自社ビルを建設・移転した。1967年には株式会社へ改組し、「株式会社五井建築設計研究所」として新たなスタートを切った。また同年以降、社員研修を開始し、博覧会見学などを通じて視野拡大と技術向上を図った。

1969年制定の都市再開発法を背景に、1973年竣工の武蔵ヶ辻第2地区再開発事業(金沢スカイビル)にJVで参画。地上18階・高さ69mと日本海側最高層を誇り、高度な構造設計と厳しい性能評価への対応が求められた。

高度経済成長期には耐火性能の厳格化が進み、都市の不燃化や再開発が加速。こうした社会的要請に応えながら設計業務を推進した。

さらに1970年、大阪万博協賛コンペ「未来の住宅」で金賞を受賞。球体を連結した独創的な住宅提案が高く評価され、先進的な設計思想を示した。

この時期は、組織基盤の強化とともに、再開発や高層建築、先進的提案に挑んだ飛躍の10年であった。

金沢市武蔵ヶ辻第2地区市街地再開発事業で設計監理(JV)を担当した金沢スカイビル

日本建築士連合会主催のコンペティション「未来の住宅」で金賞を受賞した作品